2012年05月01日

青海省地震2周年レポート

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青海省地震2周年レポート
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あれから2年が経った。
2010年4月14日に発生したM7.1の青海省地震(中国では、玉樹地震と呼ばれる)では、死者2698人(一部では、1万人以上という話もある)、行方不明270人、被災者約24万人、倒壊家屋15000棟という被害をもたらした。

標高約3700mの被災地、玉樹は4月に入っても周りは依然雪山に囲まれている。
中国の報道によると、復興事業の843のプロジェクト(復興計画の66%にあたる)がすでに着工されたという。2010年7月より始まった再建工事は、厳冬期には工事を中断せざるを得ない事から実質の工期は12カ月にも満たないという。また、すべての建築資材を約800km離れた省都、西寧から輸送するのだが、途中5000mの峠を越える為に冬期には輸送困難となる。

総被災人口の40%を占める結古鎮では春を迎え、本格的な再建工事が再開され始めた。極度の乾燥と砂ぼこりの結古鎮では、足場の組まれたビル群で金属音と重機のエンジン音が鳴り響く。これまでの再建工事中に過労と高山病によって12名の作業員の尊い命が失われたそうだ。1年のうち7〜8カ月が冬に閉ざされ、厳冬期はマイナス30℃まで冷え込むチベット高原での再建工事がいかに過酷なものかを物語る。

政府の発表では、2012年末までに結古鎮中心部の住宅再建を終える予定であるという。
現在、結古鎮近郊には、真新しいデザインの住宅が整然と並んでいる。これまで広い高原で悠々と羊やヤクを放牧させて暮らしていたチベット人にとってはどこか不自然な感じは否めない。

2年を過ぎた今、一部の被災者はすでに完成した住宅に入居しているが、未だ多くの被災者の方は震災直後とほとんど変わらない状態でテントで暮らしている。「家は完成したが、地震が恐くて、今でもテントで寝ている。」という高齢者もいる。

天空の被災地、玉樹では、2年を経てようやく再建工事が本格的に動き出したが、一方で震災直後とほとんど変わらない状態で暮らす被災者の人々とのコントラストが目立つ。

政府の発表では、2012年末までに玉樹州結古鎮の中心部の住宅再建を終える予定であるという。この春から夏が住宅再建のラストスパートとなる。2008年の四川大地震後、復興を急ぎ過ぎた事による弊害や矛盾が起きないよう配慮すべきである。

昨年、発生した東日本大震災では、これまでの支援国であるアフガニスタン、ハイチ、バングラデシュ、中国の方々から沢山のメッセージを頂いた。青海省からも被災地のチベット人の子ども達の描いた絵が約100部、東日本大震災の被災地、岩手県綾里中学校の子ども達に届けられた。この冊子はCODEが、玉樹で出会ったマレーシアの精英大学の心理の専門家と学生ボランティアによって作成された。冊子にはチベット高原の山、川、草原、馬、ヤク、チベット寺院、学校など、故郷の風景が沢山描かれていた。故郷を思う気持ちはどの被災地も同じである。この冊子を通してKOBE、青海省(チベット)、東北、マレーシアがつながった。
CODEの「ヤク銀行プロジェクト」が6月には青海省の被災地で動き出す予定である。
(吉椿雅道)

被災地チベットの子どもたち.jpg
被災地、玉樹のチベット人の子ども達

子ども達の描いた冊子.jpg
子ども達の描いた冊子

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岩手県綾里中学の学生さん達

現在の玉樹.jpg
現在の玉樹

北京の対口支援によって建設された住宅.jpg
北京の対口支援によって建設された住宅
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2011年04月14日

青海省地震レポート32

今日4月14日、中国・青海省で起きた大地震から1年が経ちました。
改めて、亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。

日本では報道されることもほとんどなくなりましたが、
未だ多くの方がテントで暮らしておられます。
テント生活の中でも、たくましく「暮らし」を営んでいる人々の様子をお伝えします。
吉椿雅道のレポートです。
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青海省地震1周年レポート
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 2010年4月14日7時49分 M7.1の地震が青海省玉樹チベット族自治州を襲った。
死者2698人 行方不明270人 倒壊家屋1万5000棟以上 被災者約24万人(青海省
政府発表)という被害を出した。
 
 あれから1年が過ぎた。
  
 11日、中国の報道では、朝7時49分の各地での黙祷の様子やモデル地区である禅
古村、甘達村などで新しい家屋に入居する被災者の姿が流れているが、再建された
のは、広い被災地のほんの一部である。

 1年を経た標高3700mの天空の被災地は、年の8カ月が−20℃の厳しい冬に閉ざさ
れ、2010年10月頃より再建工事も中止せざる得ない状況となり、中心の町である結古
鎮は、政府によって冬の間にガレキの撤去が進められ、病院、学校などの一部の施設
の再建工事は始まっているが、多くは、一面の空き地が広がったままである。
 
 被災者の多くは、地震直後より結古鎮から数キロ離れた寨馬場(夏の祭りで馬の
レースを行う草原)にテントを張り、避難生活を送ってきた。結古鎮の中心部でも倒壊し
た自宅のそばにテントを張って暮らしていた人々も、昨年10月より町の再建工事やガ
レキの撤去が始まる事を理由に寨馬場へと移動せざるを得なくなった。その為、避難
キャンプである寨馬場は張る場所さえないくらいに無数のテントでいっぱいた。今では
避難キャンプが、ひとつの町のようになっている。寨馬場には、タバコや酒などの日用
品の売店や四川料理のレストラン、回教徒の為のムスリムレストラン、バター茶でもて
なしてくれるチベット風カフェ、携帯電話の店など暮らしに必要なものがすでに揃って
いる。四川大地震の仮設住宅でもそうであったが、被災者自らがそこでそれまでやって
いた商売を始める。その為に仮設住宅や避難キャンプに活気がある。

 また、玉樹を有名にしている冬虫夏草とチベット犬(チベッタンマスチフ)、そしてヤ
クである。5月からの冬虫夏草採取に向けた準備、産まれて間もないチベット犬の飼
育、ヤクの交配など冬の間じっとしていたチベットの人々は、春から再び動き出す。彼
らにとって復興とは、このような日常の暮らしを取り戻す事である。
 
 1年を経ってもなおテントで暮らすチベットの被災者の人々。避難キャンプの中でも
民族文化や彼ら独自の暮らしを大切にしている。そしてチベット仏教の世界に生きる
人々は、今日もいつもと変わりなくマニ車を廻して祈り続ける。その祈りは東日本大震
災の被災地へきっと届いているだろう。

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玉樹から約20kmの称多県というところでも大きな被害が出ました。
多くの学生が亡くなった小学校の辺先生という方から、
東日本大震災の被災者の方々へ次のようなメッセージが届きました。

兄弟姉妹へ
私達の同じような災害を経験し、同じような涙を流しました。私達は一度絶望に陥り、
一度希望も消え失せました。でも、私達の心は、この震災で却って人を思いやる愛の
心の光に明るく照らされ、再び立ち上がる勇気に火をともし始めました。

被災家族の皆さんへ
私達は悪夢を乗り越え、涙を拭いました。私達の明日が美しく、皆さんが愛と共にある
事をどうぞ信じてください。

称多県小学校 辺軍


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2010年11月18日

青海省地震レポート31

10月末、青海省の被災地、玉樹に戻って来た。
4か月ぶりの被災地の暮らしは、直後からほとんど変わっていない。変わったと言えば、街中で倒壊したそばでテントを張っていた人々が、避難キャンプに移動している事だった。

6月に会った被災者の人々の住む旧市街地、普棤達巷に向かった。そこはすでにガレキが撤去され、空き地になっているところが多かった。前回、会ったおじさんの家は、全壊には至っていなかったが、すでに跡形もなく更地になっていた。近所の方に聞くと、「そこの人は西寧に家を持ってるからそっちに行ったよ。」と教えてくれた。また、すぐ隣の方は、倒壊を免れた自宅をそのままにしてラサに行ったという。

その後、テントで暮らしている家族にお話を聞く事が出来た。
Aさん(40代男性)は、5000元(約6万7000円)で買った大きめのテントを自宅の敷地内に張り、家族6人身を寄せ合うように暮らしている。地震直後は、政府の指示で寨馬場のキャンプに避難し、その後、空港の避難キャンプに移るなど計4回の引っ越しを経て元の自宅に戻り、テントで暮らしているという。そして再建の準備が始まるので、いずれここを出なくてはいけない。今後の事を尋ねるとAさんは、「先のことはまったく分からないよ。」とつぶやいた。

持てる人はいち早く行き場を見つけ、持たざる人は未だ行き場もなく先の見えない不安を抱え、今を生きている。



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2010年11月17日

青海省地震レポート30

四川省地震の救援プロジェクトで成都に滞在しているYさんが、10月半ばに青海省地震の被災地を訪問れました。6月に続いて二度目となります。そのレポートを数回にわたってお届けします。

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2010年4月14日 青海省玉樹チベット族自治州でM7.1の地震が発生してから半年の月日が流れた。本格的な冬を前に10月下旬、被災地、玉樹を再び訪れた。

身が締まるような寒さとカラカラに乾燥した空気が、標高3700mという高地を感じさせる。最大の避難キャンプである寨馬場(夏の競馬祭の会場)の草原には、6月に訪れた時の倍以上のテントがところ狭しと無造作に並んでいた。聞くと、6月に山に「冬虫夏草」を採取に行っていた無数の被災者が戻ってきた事だけではなく、結古鎮の街中で被災した人々が移動してきているという。「再建工事が始まるから引っ越ししないと」、「今月中に引越ししないと補助金がもらえないから」などの言葉のように、これまで倒壊した自宅の敷地内にテントを張って暮らしていた人々も鎮全体の再建工事でガレキは撤去され、徐々に他の場所へと移動せざるを得ない状況になってきている。

一方で、プレハブの仮設の建物も街中に増えている。至る所に「仮設建てます!」などの広告が張られている。寨馬場の避難キャンプでも、テントの横にプレハブの仮設住宅を建てている被災者の人や、中心部で商店やレストランを経営している人々も仮設を建て、営業している。経済的に余裕がある人は自力で仮設を建て、商売をし、徐々に自分の生活を取り戻そうとしている。

また、ラサや西寧に親戚を頼って、被災地を後にした人々も少なくはない。だが、ほとんどの被災者はテントのみで暮らし、一日何もやる事もなく暮らさざるを得ない。引っ越しで二転三転して、ようやく落ち着いても大してする事もなく、先の見えない不安ばかりが頭をよぎる。震災から半年、格差がはっきりしてきた。

posted by CODE at 14:05| 青海省地震レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月22日

青海省地震レポート29


「俺たちに心のケアは要らない。俺たちには仏教がある。」
震災後にある中国人の心のケアの専門家に対して、現地で十数年活動しているNGOのチベット人が語った言葉である。

2008年5月の四川大地震後、中国でも心のケアが注目され始め、青海省でもNGOや専門家がいち早く被災地に入って活動している。

チベットでは、7世紀にインドより仏教が伝来して以来、「生老病死」という四苦とどう向き合うのか、その為に菩提心を如何に持っていくのか、その歴史の中で当然「心」の問題を絶えず研鑽してきた叡智があるはずである。これは、中国人専門家にとってもチベット仏教における「心のケア」を学ぶ好機会になるのは当然の事である。

被災者のひとりKさん(40歳 女性)は、玉樹、結古鎮の旧市街の丘の上に住んでいる。震災で家は全壊し、生まれたばかりの子どもとガレキの中から救出された。今は家族親戚と身を寄せ合ってテントで暮らしている。Kさんに「つらい時はどうしているの?」と訊ねたら、当然のように「お経を読むのよ。」とすぐに返事が返って来た。

一方、被災者の暮らす避難キャンプには番犬であるチベット犬も沢山避難してきている。チベット犬は本来狩猟犬であった為、非常に獰猛である。一匹が吠え始めるとそれに反応するかのように次々に吠え始める。毎晩、犬達の大合唱で睡眠不足に悩まされていたのは僕だけではないはずである。

ある夜、テントで寝ていたら、いつものように犬達が吠え始めた。うるさくて眠れずにいると隣のテントから老人の読経が聞こえてきた。「読経を聴きながら眠りに就くなんて、なかなかない経験だなあ。」と思いながらウトウトし始めた時、いつの間にか犬達の鳴き声もやみ始めている事に気がついた。まるで読経の響きに犬達もどこか落ち着いてきたかのようだった。きっと犬達も突然の集団生活でストレスを抱えているのだろう。


posted by CODE at 00:00| 青海省地震レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする